10月26日(火)午後 快晴

 古牧温泉のレストランのある建物の玄関には、随分沢山の「歓迎 ○○御一行様」という看板が並んでいた。もちろんビッグホリデーツアーの歓迎札も含まれていた。
 この古牧温泉は、驚くほどのスケールだ。ホテルの建物だけで4棟、広大な日本庭園、民族博物館、画廊、さらには江戸時代の民家も移築されていて、渋沢公園と呼ばれているそうだ。先に前を通ったボウリング場も温泉の敷地内にある。ゆっくり遊ぶつもりならば、ここだけで一日では足らないくらいとのことであった。
 昼食は、いちご煮付きの松花堂弁当だった。ご飯のお替りも可能だったが、おかずが多いので最初のご飯だけで十分であった。
 出発時間に間が合ったので、同じ建物の中の土産物店を見て歩いた。ささやかな土産物数点を買うことになった。

 1時前に、古牧温泉を発った。十和田市までは、十和田観光電鉄の線路に沿う道で線路の右に左に何度か踏切を渡った。のどかな畑作地帯でこれという目だった記憶は残らなかった。電車の終点の十和田市駅の近くも通過したが、ターミナルビルに線路が吸い込まれるのではという考えとは裏腹にごく普通のプラットホームが見えた。唯一他の駅と違う点はホームからの跨線橋が隣接しているビルに接続されていただけであった。

 車は、一旦国道4号線に出てすぐに奥入瀬渓谷に向かう国道102号線に入った。平地の両側の山並みが徐々に近づいて来て、やがて谷を走る道になる。1時50分頃に、渓流の始まりである焼山の奥入瀬渓流グランドホテル前を通過した。いよいよ数十年来の憧れであった奥入瀬渓流である。感慨が胸をよぎる。
 奥入瀬渓流は、川が十和田湖から流出する子ノ口(ネノクチ)から焼山まで14kmに渡り、歩道が整備されている。今回のようなパックツアーで無かったなら、ゆっくり時間を掛けて歩きたいところであった。
 石ヶ戸までの道路からは、奥入瀬の流れが樹木の間に見え隠れしている。稀にハイカーの姿も見かけたが、石ヶ戸の下流域は少ないとのこと。道路は黄色く紅葉した樹木のトンネルである。赤い紅葉の木は少ない。カエデなどの赤く紅葉する葉がその美しさを増すのは、大きな木が落葉し、日の光が下生えの木々に届く頃ということなのだそうだ。焼山から約5km、石ヶ戸に着いて車を降りた。ここには休憩所と食堂もある。トイレ休憩だけかと思ったが、缶コーヒーで喉の渇きを癒したあと、渓流のほとりに行きメンバーが揃うと、運転手さんから「少し上流まで歩いて来て下さい。」という話しを受けた。時は2時10分に近い頃であった。

 石ヶ戸付近の渓流の流れは比較的穏やかであるが、下流を見ると澄んだ渓流がキラキラ日の光を反射して流れ、両岸は紅葉が始まりかけた黄緑色の小潅木から黄色や黄褐色、オレンジ色などに紅葉が進んでいる高木へと、微妙な色合いの変化が素晴らしい。言葉で説明するのは到底無理がある。ここの岸辺近くに石ヶ戸の名の元となった岩屋がある。それは、厚さ1m、広さ50平方mという板状の自然石が片側を2本のカツラの木に支えられるような格好で岩屋を作っているのである。女盗賊鬼神のお松の住処であったとの伝説があるそうだ。

 カンバスに向かって筆をとる人、三脚にカメラを据えて構えている人、奥入瀬の美をいろんな形で味わい残そうとする人達がいる。当然ハイカーやツアーの団体客のともすれ違う。今日は火曜日、でもやはり紅葉シーズンを迎えた奥入瀬は人が多い。週末を外して来られたことは、大正解であった。写真を撮りながら5分ほど歩くと、傍らの道路にタクシーが待っていた。


 車は3分も走らず馬門橋を渡ったところで、また停止した。阿修羅の流れという急流の脇であった。まさにこれぞ渓流という感じである。黄色を主とする木々の紅葉。苔むした岩を縫って流れ白く泡立つ渓流。朽ちかけた倒木が流れを跨いでいるのも見られる。もうため息が出るような色の美しさであった。妻も含め仲間はスタスタ歩いて行ったが、「ここの写真を決めねば」と思い、一人遅れてカメラを構えた。大きなカンバスに油絵を描いている人が居て、それを立ち止まって見たり、写真に収めている人もいた。3枚ほど写真を撮ってモニタで確認してから、急ぎ足で仲間を追う。100m位先でまたタクシーに戻った。

 地すべりでできたという九十九島や昭和池の脇を通過する。「近年にも地すべりがあり、以前の道は埋まってしまったが、自然を維持するため人工物は最小限に抑える方針で、護岸や道路の崩落防止などの工事は行っていない。改めて道を付け直しただけ。」という運転手さんの話しであった。大分自然が復元しているが、地すべりの痕跡も残されていた。間もなく裸渡橋を渡る。ここから上流は瀑布街道の名があるそうで、奥入瀬渓谷に落ち込む支流がそれぞれ滝を作っている。道から見える滝だけで10数条との事だ。ゆっくり走る車窓から雲井の滝や岩菅の滝をカメラで狙ったが、ブレが入ってしまった。快晴とは言っても滝の掛かる谷はやはり暗いのであった。

 白絹の滝から奥入瀬本流に掛かる銚子大滝まで、また歩くことになった。白絹の滝、白糸の滝などいくつかをカメラに収める。途中、本流を木橋で2回渡るが、橋の上から見た渓流も乙であった。今度も一人遅れての歩行になった。
 3時頃に銚子大滝に着いた。本流のため水量が多い。滝壷らしい滝壷は無く、真っ白な激流となりしぶきが上がっている。ガイドブックによると、幅20m、高さ7mだそうだ。
 銚子大滝で仲間に追いつき、タクシーに戻った。これで、奥入瀬渓流ともお別れであった。要所は味わったことになるが、やや忙し過ぎる奥入瀬渓流歩きであった。


 タクシーの中でうつらうつらし掛けたが、10分ほどで子の口の十和田湖畔の船着場に到着した。ちょうど、3時半に乗船する予定の休屋から来た観光船が接岸するところであった。

 観光船の出航まで間があったが、出航予定の15分ほど前に乗船し、運転手さんに勧めれていた左舷の座席を確保した。フェリーでは無いため、車は国道を走り休屋に先回りすることになる。観光船は3層の船室のあるなかなか大きな船である。最上階はグリーン席とのこと。出航前に後部甲板で一服し、子の口の奥入瀬川の流出口の方の写真を撮った。山は全体には茶褐色になっていた。このとき、私にとって不測の事態が起きた。デジタルカメラの電池が切れてしまったのであった。昨夜、田野畑の羅賀荘で満充電にしておいたのだが、どうやら液晶モニタを使い過ぎたらしい。がっかりであった。専用の充電池なので、乾電池で代用することができない。

 出航までには、後部甲板はすっかり人垣ができ、船室も左舷の窓際はすっかり埋まってていた。観光バスの到着の関係か、定刻の3時半を少し過ぎての出航であった。船は十和田湖に突き出ている御倉半島と中山半島をなぞるようにして、東湖、中湖、西湖と進む。子の口は東湖にある。東湖の一番奥に十和田湖畔で最も大きい集落の宇樽部が見える。太陽は西に傾いているので、御倉半島の始めの眺めは逆光である。湖面は標高400m、御倉半島には標高690mの御倉山がある。半島を回り込み始めると、紅葉の冴えが増して来る。谷間の奥入瀬渓谷より日照の良い湖畔の紅葉は標高が高いこともあり、まさに見頃の最盛期であった。
 写真を諦めかけていたが、乗船するときに船内の売店に、レンズ付きフィルムが売られていたことを思い出した。画質はあまり期待できないものの、このチャンスを逃す手は無いと、早速買いこんで来た。

 船は御倉半島の先端を半周して中湖(ナカノウミ)に入っていた。御倉山の中湖側の頂上直下は千丈幕と呼ばれる200mほどの断崖が取り巻いている。頂上と裾の水際は紅葉である。なかなか豪快な眺めだった。船は中湖の湖岸に沿ってU字状に向きを変える。水際の紅葉が水面に反射し、赤や黄色の縞模様を作る。左舷には中山半島が見えてくる。御倉半島と異なり、高い山は無い。また日陰で紅葉もくすんで見える。半島越しに外輪山の現頭倉の山並みが見える。ちょっとデッキに行って、右舷の方角を見ると、ちょっと右側にこぶがあるが椀を伏せたような形の御倉山の全貌が綺麗に見えた。千丈幕の断崖も正面にあった。

 船は中山半島から中湖に突き出した千鶴崎の間近を通る。日陰ではあるが稜線は岩と松の木で形成され湖面近くは、鮮やかな紅葉で、なかなかコントラストが素晴らしい。

 次いで中山半島先端の中山崎に掛かった。岬の先端の岩の上にまるで庭師が手入れでもしたかのような、見事な枝振りの大きな松の木が張り付いている。ほとんど土の無いような岩の上でよく成長したものである。
 岬を回ると、素晴らしい紅葉の連続であった。4時を過ぎ、太陽は外輪山に沈んでしまったが、半島越しに見えた御倉山にはまだ日が残っていた。きっと一番紅葉が綺麗だろうと思われる中山半島の西湖側だったが、休屋に近付くに連れ、夕暮れに差し掛かり徐々に色がくすんで来ていた。半島の付け根に近づくと、まるで人工の庭園のように松の木をいただいた小島がいくつか点在していた。最後にちょうど半島の付け根に当たる部分から湖畔は砂浜となるが、その砂浜の直ぐ奥の黄色く紅葉した林の中に高村光太郎作の、有名な向き合う二人の裸婦像である「乙女の像」が見えた。周囲には、十数人の観光客もいるのが分かった。その後、すぐ船は休屋の桟橋に接岸した。

 50分の船旅であったが紅葉をたっぷり楽しむことができた。少し心残りなのは、カメラのことと、できればもう30分早い船に乗れたならという思いであった。

 船を降りると、タクシーの運転手さんに迎えられた。メンバーは口々に「綺麗だった」を連発していた。船着場から2分。旅館と土産物店の中を走り、青森と秋田の県境という小さな川を渡ってすぐの湖畔の宿「緑水閣」の玄関前に停まった。
 盛岡を発つときに聞いていたが、明日は別の運転手さんが迎えに来るとのこと。旅館のロビーで挨拶して背の高い名ガイドも務めてくれた運転手さんに別れを告げた。

 旅館のロビーにはねぶたの飾りが置かれていた。割り当てられた部屋は2階で、ユニットバスにトイレ、そして窓辺に板の間はついているものの、やや狭い4畳半の部屋だった。まあ、寝るだけなら良かろうと思った。夕食まで間があったので、用意されていたお茶を一杯飲んだ後、浴衣に着替え大浴場に行った。休屋はやはり温泉ではないが、田野畑の宿と同じく温泉成分を加えてあってヘルストン温泉と表示されていた。総ヒバ作りの浴場は、一人で入った昨夜とは違い、大勢の人が入浴していた。
 夕食は1階のレストランだった。おかずは三国鍋(きりたんぽ、しょっつる、じゃっぱ汁、ひっつみ)に、刺身などだった。きりたんぽはなかなか美味しかった。今夜はビールを1本頼み、妻はコップに1/4位だけ飲んだ。

 食事後、土産物売り場を見て、きりたんぽのセットとかお菓子を買い足した。
 陸中海岸の田野畑は携帯電話の圏外であったが、ここはさすがに名だたる観光地のためか、携帯で妻と娘との会話ができた。妻が入浴しに行っている間、プロ野球日本シリーズの第3戦の中継を見たり、5角形を4つのブロックに切ってあってそれを組み合わせて、いくつかのシルエットを作るパズルが置いてあったので、挑戦していた。私が入浴しているときに、妻も挑戦したが、どれもできなかったようだ。随分時間が掛かったが、8パターン中の5パターンまでできたが、全てはできなかった。
 腕時計の目覚ましを6時にセットし、11時前に布団に入った。



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